今回の大崎歴史街道では「有備館及び庭園」に行って参りました!

宮城県といえば伊達政宗!というほど、宮城県にとってはとても馴染見深い名前です。この伊達家にとってゆかりのある土地で有名なのが仙台市です。しかし、伊達家にとってゆかりがある土地は仙台市だけでなくここ大崎市も!
というのも、当時伊達政宗が米沢から居住を移す際に、仙台よりも以前に城を築いたのが岩手沢(現在の岩出山)になります。その後伊達政宗が仙台に居城すると、4男宗泰を初代に代々岩出山伊達家が納めていました。
このように、伊達家とのゆかりがある土地である大崎市。この岩出山伊達家が使用していた建物である「有備館」がどういったものなのか取材して参りました!

有備館とは?
「有備館」とは、江戸時代に仙台藩家臣である岩出山伊達家が開設した郷学(学問所)です。この有備館が開校されたのは、十代邦直が当主であった嘉永3年(1850年)頃とされています。また現存する有備館の御改所は、学問所としての姿の他に隠居所として使用するために建てられた可能性が高いとされています。現代では、昭和8年に国の史跡及び名勝の指定を受けています
学問所ではどういったことを学んでいたのか?
学問所として使用されていた有備館は、儒学の稽古場として始まり、十代邦直が当主であった頃に岩出山伊達家家臣の子弟を教育する施設として開設された。その際には、儒学を学ぶ学舎の他に馬場や射場などもあり、学生たちは文武の知識と技を学んでいたと伝えられている。
有備館の姿
時代と共に様々な形で使用されてきた有備館。最初に建てられた時から学問所として使用されていた訳ではなく、隠居所として建てられたものが下屋敷として使用されていました。江戸時代の終わりになると、学問所としても使用されるようになりました。その後、昭和45年に旧岩出山町に移管されるまでは岩出山伊達家の居宅として利用されていた。
震災からの復興
2011年に発生した東日本大震災により、御改所が倒壊するなどの被害に見舞われました。その後、同年の5月より災害復旧事業を開始し、2016年3月にすべての事業が完了しました。同年4月26日からは建物内部の公開も再開しております。
有備館内の庭園
有備館内には大きな庭園が整備されています。この庭園は、正徳5(1715)年に四代当主村泰によって整備されたと伝えられています。この庭園は岩出山城の断崖を借景として、池の中に御中島、鶴ヶ島、亀小中島、兜島の四つの島を配置した回遊式池泉庭園で、四季を通して植物や景色の変化を楽しむことができます。
総評
今回取材にお伺いした「有備館および庭園」は、地元の方なら一度は訪れたことがある程有名な観光地になっています。しかし、この建物がどういった経緯で建てられたのか、どのぐらい古いものなのか等、実際取材に伺うまでは知る機会がなかったものでした。施設内は古い建物を見学できるだけでなく、池の周辺を散策できるなど、歴史に触れることができる場所になっています。皆さんも是非一度足を運んでみてはいかがでしょうか?